女性が男性を最も軽蔑する瞬間は尊敬できなくなった時

さて男性のみなさん、女性が男性を最も軽蔑する時とは、どんな時だと思いますか?それは、「あら、この人、私より知恵がない」と感じる時です。女性がこう感じた瞬間こそ、男性を最も軽蔑してしまう瞬間なのです。ただし、逆心また真なりで、相手の男性に知恵と勇気を感じた時、女性は、尊敬の念を抱きます。「いい女」ほど、自分よりも知恵と勇気のある男性を求めます(別で書きますが、ダメ女は逆にダメ男を求めます)。

さて、ここで言う「いい男」とは、美しい行為のできる人のことです。「自分がブランドになる」で紹介したネイティブ・アメリカンなど少数民族の美徳と同じく、自分がブランドになるという生き方です。しかし、ただ心構えを変えたくらいでは美しい行為が出来る人間にはなれません。男性の場合、美しい行為をするためには、知恵と勇気を持っていることが必要です。「自分がブランドになること」=「美しい行為をすること」=「知恵と勇気がある男性だけが出来ること」だからです。

「いい女」は、この辺の事情を、自分の父親の姿を通して直感的に知っています。父親が「いい男」ですと、娘は、自分の仕事に自信と誇りを持っている男性に魅力を感じます。仕事を楽しめないような男性に知恵も勇気も愛もないことを直感的に知っているからです。また、「いい女」は、学歴や職業を気にしません。知識と知恵は何の関係心ないことをも直感的に知っているからです。そして、幸せになるのにお金がそんなに必要ないことも知っているからです。

もしあなたが、学歴コンプレックスがあったり、職業や給料にコンプレックスを抱いていたとしたら。それは全くの間違いです。抱かなくていいコンプレックスです。「いい女」にとって重要なことは、学歴や職業平給料ではなく、相手の男性が実践で使えるような真の知恵と勇気を持っているかどうかです。なぜ、女性は男性に知恵と勇気を求めるのか、その詳しいメカニズムは別で書きます。それを読めば、なぜ、女性が最も落胆する時が、恋人が自分よりも知恵がないことを発見した時なのか、お分かり頂けると思います。

実際、自分の仕事に自信と誇りと悦びを持っていない夫では、たとえ、どんなに一流大学を出て一流企業に勤めていても軽蔑されてしまいます。「エリートサラリーマンでもこんな程度か」と一喝されてお仕舞いなのです。男性側からすると、妻に軽蔑されながら生きることは、大変辛いことです。もし、娘がいたら、娘にも尊敬されなくなります。これもまた父親としては大変辛いことです。どうやって知恵と勇気を手に入れるかは、また書いていきます。

— posted by Kaori at 01:03 am  

自分がブランドになることが必要だ!

「いい男」になるためには何が必要か、換言すれば、いかにすれば「自分自身がブランドになれるのか」という事です。「自分がブランドになる」というとビックリする人も多いかもしれませんね。なぜなら、大多数の人にとっては、ブランドとは、努力して手に入れるものであり、且つ1つでも多くのブランド(お金や名誉や学歴やブランド品など)を手に入れることが美徳であると考えられているからです。自分がブランドそのものになる、などというのは不遜だと感じる人もいると思います。

しかし、この地球上には、自分がブランドにならなければ意味がない、と考える人々も大勢いるのです。「行為の美しさこそブランドである」という価値観をもっている人々です。「美しい心は美しい行動となって表れる。それが美徳だ」と考える文明社会がこの世にはあるのです。ネイティブ・アメリカン(アメリカインディアン)やアイヌなど少数民族と言われる人々です。

その人々が私たち現代日本人を見たら、きっと奇異に映ることでしょう。なぜなら、努力してブランドを手に入れ、それをまるでアクセサリーをつけるように着飾って自慢する姿は、彼らの価値観にはないからです。滑稽に見えることでしょう。カラスがクジャクの羽を身につけて得意がっているような違和感を感じることでしょう。

私たちの社会では、いえ、先進諸国と言われているどの国の人々もホンネでは「どんなに行為が美しくても、お金や名誉や学歴がなければ意味がない」と考えますが、彼らは逆に、「どんなにお金があっても、愛がなかったら意味がない」と考えるからです。つまり、お金と名誉と学歴をもっていても、人を騙したり、意地悪だったり、不誠実だったり、愛がなかったら「生きているとは言えない」「人間ではない」と彼らは考えているのです。

ホンネとタテマエという言葉がありますが、これが現代の日本とは逆なのです。私たち日本人の多くは、愛と知恵と勇気がタテマエで、お金と名誉と学歴がホンネです。表向きは、つまり、タテマエでは、愛や知恵が大事だということになっていますが、しかし、ホンネでは、金や地位が大事だと思って生きています。その点、少数民族の多くは、私たちのタテマエをホンネとして生きているのです。

初対面の人と出会った時、現代に生きる私たちは、まず職業や学歴を気にしますが、彼らは「これまでどんな生き方をしてきたか」「老人や子ともには優しかったか」「親切にしてもらった時は人にきちんと敬意をはらってきたか」「誠実に生きてきたか」ということを気にします。行為の美しさで人を判断しようとするのです。

どんなに学歴があっても、知恵がなかったり、人に意地悪をするような人は人として認めないのです。彼らにとってのブランドとは。行為の美しさが全てなのです。だから、ブランドとは、自らがなるものなのです。

— posted by Kaori at 12:12 am