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多くの若い女性が「幸せ恐怖症」という呪いにかかっている

あなたは、彼女とデートしていて、彼女の不可解な態度に「?」となったことはないでしょうか。たとえば、彼女が映画を観に行きたいと言うので連れて行ったのに、映画館についた途端、つまらなそうな顔をしたり、頭痛がする、寒気がする、気分が悪い、と言ったりしたことはないでしょうか。あるいは、映画を見た直後は「面白かったね!」と感動していたのに、その後、食事に行った時、急にふさぎ込む・・・という経験はないでしょうか。

女性特有の気まぐれのように見えますが、実はこういう症状を示すのは「幸せ恐怖症」という呪いによることが多いのです。もし、二回のデートのうち一回はこうした不可解な行動を彼女がするようであれば。疑ってみる必要があります。「幸せ恐怖症」という呪いが彼女にかかっている恐れ人です。

「幸せ恐怖症」という呪いが軽度の場合は、先ほど述べましたように、気まぐれかな、という程度で笑って済ますこともできますが(男性は振り回されてたいへんですが)、重症の場合は深刻です。なぜなら、彼女が大きな悦びを得た時ほど。彼女はおかしな行動をとるからです。

たとえば、彼女にとって、ディズニーランドのスターツァーズが一番の楽しみだったとしましょう。他の乗り物に乗っている時は楽しそうでも、スターファースに来た途端。気分が悪くなるのです。吐き気がしたり、頭痛がするのです。人によっては、スターツァーズに乗った後で、こういう症状が出ることがあります。怒りっぽくなったりで悪態をついたりするのです。

「幸せ恐怖症」の症状は多岐に渡ります。楽しいと感じた時に、わざと機嫌悪い態度をとったりします。幸せの予感がした時、ぶち壊そうとしたりします。たとえば、これからハイキングをするぞと登山口に来た途端、拒絶の態度をとり始めることもあります。これ以上私を幸せにしないでくれとばかりに(ただし、本人はまったくの無自覚ですが)、自分の幸せを応援する人に怒りをぶつけて八つ当たりするのです。

楽しいことをして機嫌がいいはずなのに、あるいは、楽しい予感がして機嫌がいいはずなのに、その行動の前後に怪しげな態度になるのです。決して偶然ではありません。女性特有の気まぐれでもありません。「幸せ恐怖症」によるものです。

こうした「幸せ恐怖症」という呪いの存在がわかりにくいのは、自己破壊を伴うからです。「みずから進んで不幸になろうと努力する人なんているはずがない」という思い込みが、呪いの発見を邪魔するのです。自分の幸せを犠牲にしてまで母からの嫉妬を回避しようとしているなんて、常識では考えられないからです。

でも、事実は小説よりも奇なりといいますが、デートの時、しっかり自分の幸福を犠牲にして、彼をへこまそうとするのです。無意識とはいえ、幸せになったら親に見捨てられるという恐怖から、必死になって自分の幸せを壊そうとするのです。恋人の気分を悪くしたり、自分の気分を悪くすることで、デートを台無しにしようとするのです。決して母親の幸福度を超えてはいけないのです。女性は、その日の幸福度を計算して、デートをどの程度ぶち壊すかを決定するのです。

もちろん、デートが楽しくなければ幸せを破壊することはしません。平穏にデートは終了します。楽しくない時はむしろ平和なのです。でも、限度を超えて楽しいと、幸せを破壊するスイッチが入ってしまうのです。

たとえば、先ほどの例の場合、スターツアーズを楽しみにディズニーランドに来ているのですから、体調不良のためにスターツアーズに乗れないとしたら、本人は立派な被害者です。立派な不幸です。でも、母の嫉妬が怖くて自分で自分の幸福を破壊するのです。

巧妙な女性になると、乗る前に彼に喧嘩をふっかけて幸せを破壊します。充分気分を害してから(事前に、自分を不幸にしてから)、乗るのです。あるいは、喧嘩をふっかけたために決裂してしまって、スターツアーズに乗れない、という方法を採用する女性もいます。この場合は、あなたのおかげで乗れなかった、と彼を責めることすらします。

特に女性は、被害者のまま加害者になることが容易です。振り回される男性こそ被害者です。しかし、女性は無意識に幸せを破壊する工作をしますので、当の女性は、自分こそ被害者であると主張します。

— posted by Kaori at 10:58 am  

なぜこの女子大生は生け花をすることが怖かったのか

この答えは本題からはちょっとはずれますが男性の智恵と勇気に関係しますので簡単に解説します。結論から先に申し上げますと母親に嫉妬されながら育つとこうなるのです。信じられないかもしれませんが娘の幸せに嫉妬する母親がいるのです。もちろん全部の母親ではありません。

夫婦仲が悪く心が満たされていない母親は娘の幸福に嫉妬するのです。不幸な母親が娘に嫉妬するのです。息子にはあまり嫉妬しないのが普通です。母親は娘と同性であるがゆえに「女の幸せ」「女の悦び」とは何かを知っています。だからこそ自分が得られなかった幸せや悦びを同性の娘が得ていないかどうか気になるのです。

娘の幸福に嫉妬すると大抵の母親は不機嫌になります。当の母親は嫉妬で不機嫌になったという自覚はありませんが娘がルンルンしていると急にイライラしてくるのです。一方、子どもにとって親のイライラや不機嫌ほど怖いものはありません。

まして自分のせいで母親が不機嫌になったとしたら「ごめんなきい、もう、二度とルンルンすることはしません」とあやまりたくなります。それが子どもというものです。家庭しか居場所のない子どもは親を責めずに自分を責めてしまうのです。

先ほど登場した女子大生は子どもの頃、自分が好きなことに夢中になって大きな悦びを得た時、母親に嫉妬され不機嫌な顔をされたのです。その結果、彼女は楽しいことほど怖くてできない人間になったのです。

母親の嫉妬に狂った顔を見るくらいなら楽しいことをしないほうがマシなのです。それゆえ幼児期から楽しいことをことごとく回避して生きてきたのです。今ではすっかり楽しいことをすることが恐怖になっているのです。

私はこういう現象を「幸せ恐怖症」と呼んでいます。はたから見るとまるで幸せを怖がるように見えるからです。意外に思うかもしれませんが極めて多い現象です。自分が気がつかないだけです。私の調査では程度の差こそあれ女性の六割以上に幸せ恐怖症という呪いが掛かっています。それだけ現代という時代は心が満たされていない女性(母親)が多いということです。

仮に心が満たされていない母親の幸福度を100としますと娘には70くらいの幸福を願うのです。私はこれを「親の七がけ幸福論」と名付けました。ただし娘の幸福度が50以下になると母親は同情してハッスルします。不幸を望んでいるわけではないからです。でも娘が元気になって幸福度が70を超え始めると、だんだん不機嫌になってしまうのです。100を超えたら般若になるのです。

親の七がけ幸福論とは娘の不幸を願うわけではないけれど、自分よりも幸福になることは絶対に願わないという現象のことです。子どもの側から見た現象が「幸せ恐怖症」です。幸せ恐怖症とは親が自分の幸せに嫉妬しないように初めから幸せを避けてしまう現象のことを言います。

親が嫉妬しない程度の悦びだけ得ようとするのです。大きな悦びを避けてしまうのです。しかしあくまでも無意識ですので、よほど気をつけないと発見することは不可能です。いえ、よほど気をつけても自覚することは困難です。

なぜなら無意識であるということの他に幸せを避けることで実家で生き残ることができたという成功体験がバックにあるからです。つまり幸せを避けることがいいことだと思っているのです。その結果、生き残るために一番したいことをせず、二番目か三番目にしたいことをするようになるのです。

一番したいことを避ける時は、まるで憑き物でもついたかのようです。多重人格と同じです。別人になってしまうのです。当然です。普段は幸せになりたいと思っているのですから、別人にならないと幸福を避けることは不可能だからです。

でも本人は自分が別人になったことには決して気づきません。これが幸せ恐怖症の怖いところです。なぜなら自覚がないので放っておくと死ぬまで治らないからです。嫉妬した母親が死んでも幸せを回避するクセは残ります。前述の女子大生の場合は一番やりたいことは生け花でした。だから生け花が怖くなったのです。第一希望を避けるのは生け花ばかりではありません。恋人選びも同様です。

一番好きな人とつき合うと悦びが大きくなるので、五番目くらいに好きな男性を恋人にするのです。嫉妬される不快感と恐怖を味わうくらいなら五番目に好きな人とそこそこのつき合いをしたほうがマシだと計算するのです。女性はこういう計算は得意です。

第五希望の男性とつき合ったのでは悦びはそこそこです。つまらなくはないけれど決して楽しくはないという恋愛です。でも母親に嫉妬されずに済むという大きな利益があるのです。この利益は娘にとっては非常に大きいのです。このおかげで家から追い出されずに済んだのですから。

この成功体験があるために経済的に自立できるようになっても幸せを避けてしまうのです。するどく幸福度を計算をして母親に決して嫉妬されない男性を恋人に選んでしまうのです。自分が気に入った男性ではなく母親に嫉妬されない男性を選んでしまうのです。こういう状態はまさに「呪い」を掛けられたのと同じです。童話に魔法使いが出てきて人間に呪いを掛けますが、実は現実世界でも呪いがあります。それがこの「幸せ恐怖症」という呪いです。母親が娘に呪いをかけるのです。

映画「シャイン」では父親がピアニストの息子に激しく嫉妬し。意地悪をしていました。一般的に自分と同性の子どもに親は嫉妬します。母親は娘に、父親は息子にです。白雪姫の物語ができた頃から母親の娘に対する嫉妬があったということです。ちなみに白雪姫の原作では継母ではなく実母が嫉妬することになっています。

— posted by Kaori at 04:42 pm  

女性は男性に愛と知恵があれば快感を得る

あなたは、自分の妻(恋人)から、あなたとのセックスよりも、自慰をしている時のほうが気持ちいいと告白されたらどうでしょうか?大きなショックを受けるのではないでしょうか。

実は、自慰をしている時の快感と、セックスをしているときの快感の大きさを比較すると真実がわかるのです。女性の側に幸せ恐怖症がない限り、正確な指標になるからです(もし、幸せ恐怖症があると、逆になりますので、判断する時は要注意です)。

もし、男性に愛と知恵と勇気があれば、女性は、自慰をするよりも何倍もの大きな快感が得られます。だから、女性のほうがセックスに対して積極的になります。本来、女性のほうからしたくなるセックスが理想です。

しかし、もし、男性に怒りや不信や妬みがあると、逆に不快に感じます。少なくとも、自慰の快感よりは下回ります。敏感な女性ですと、苦痛にさえなります。実際に痛みを伴うことも、珍しくありません。

ただ、不倫をしていると、スリルという快感が加算される場合もありますし、女性の側に怒りがある場合は、性欲が亢進してセックスには積極的になりますので、一概には言えないところもありますが、しかし、彼に本物の愛と知恵と勇気があれば、自慰をしている快感とは比べようもないほどの快感がセックスで得られます。

彼とつながっている実感がして、ますます安心し、ますます気持ちよくなるからです。女性にとっては、安心による快感(安心する快感)というのはきわめて重要なのです。愛されているという実感が大きな快感を生み、さらに。つながっているという安心がさらなる快感を生むからです。

しかし、もし、男性が単なる性欲だけでセックスをしようとしていると、女性は愛されているという実感も得られず、また、つながっているという安心感も得られません。不安という不快感や惨めさを感じてしまい、気持ち悪くなってきます(セックス直後に気分が悪くなって吐く人もいますが、たいていは二、三日してから気分が落ち込んできます)。

もし、そこに愛と信頼があれば、二、三日すると、逆に心が満たされてきてとても幸福な気分になってきます。三日前よりもほのぼのとした気分になれます。元気にもなります。人にやさしくしたくなります。そんな自分になれたことがうれしく感じるのです。男性にはなかなかわからない女性独特の幸福感です。

女性は、自分が感じた気持ちよさをしつかりと記憶します。そしてその記憶を何度も引き出してはほくそえむことができるのです。男性は感情を記憶することは苦手ですが、女性は、気持ちよさを何度も反芻(はんすう)して楽しむことができるのです。しかし、逆もまた真なりで、セクハラなどで不快を得た時も何度も反物してしまい、そのたびに不快感に悩まされます。だから女性はセクハラを嫌がるのです。

女性は愛されて、心が満たされて、相手の男性とつながりを感じると、それをもって「幸福」と感じるものなのです。そうなる最大の要因こそ男性の愛と知恵と勇気なのです。先ほど登場した女子大生の場合も、同棲相手に愛と知恵と勇気があれば。彼女は満足してそのまま結婚に至ったことでしょう。

— posted by Kaori at 11:28 am  

なぜ知恵と勇気があると気持ちいいのか

女性は、人とのつながりを強く求めます。ああ、自分は彼と心がつながっているな、幸せを願われているな、と確信すると。女性は安心するのです。つながりを感じたという安心が、女性をリラックスさせます。リラックスすると、女性は心を開きます。心を開くので、彼の愛を吸収しやすくなります。その結果、いっそう彼とのつながりを感じるようになります。こうしてどんどん心の絆が太くなるのです。

知恵と勇気のある男性なら、女性に安心とリラックスを与えることができるのです。何も言わなくても、ただ存在するだけで女性を安心させるのです。本物の知恵と勇気とはそういうものです。

女性にとって、安心とリラックスはきわめて重要です。それがないと、人生を楽しめなくなるからです。たとえば、食事を例にとって説明しましきつ。どんなにおいしい料理を並べられても、テーブルの下でコブラがうろちょろしていたのでは、恐怖のあまり味がわからなくなりますね。緊張していると、私たちは味を感じなくなるのです。食事はリラックスしている時だけおいしく感じるのです。

人間とはとても精神的な生き物です。実際、好きな人と一緒にいて安心していると、同じものを食べても驚くほどおいしく感じます。キスやセックスにおいても同様です。安心とリラックスの中ですると。女性はビックリするほど気持ちよくなれるものです。女性は自分に安心や快感を与えてくれる男性を「好きな人」と認知するのです。

キスにせよ、セックスにせよ、形そのものは、知恵があろうがなかろうがそっくりですが、そこに知恵があれば気持ちよく感じるし、知恵がないと気持ち悪く感じるのです。これこそが、何をするかではなく、どんな気持ちでするかが大事、という意味です。要するに、女性が人生を楽しめるかどうかは、緊張しているかリラックスしているか、あるいは警戒しているか安心しているかで決まるのです。女性は男性と違って、とてもデリケートなのです。

さて、一般に女性は男性の心に敏感です。実は、敏感にならざるを得ない事情があるのです。というのは、女性には、悪い男と悪いセックスをすると心も体も汚れてしまうという女性特有の事情があるからです。だから、女性はセクハラを嫌がるのです。一方、男性はそういうことはありません。ですから、男性は気軽に女性を誘ってキスやセックスをすることができるのです。

しかし、女性は汚れやすいので、そうそう気軽に試行錯誤するわけにはいかないのです。女性にとって男性は危険な存在でもあるのです。だから女性はふだんはとても警戒して生きているのです。もちろん、緊張もしています。男性の何倍も緊張しながら毎日を生きているのが女性です。

なぜなら、もしまちがって悪い男と悪いセックスをしてしまったら、毒蛇に咬まれたような深い傷ができてしまうからです。毒も回ります。その点、男性の場合は、悪い女とセックスをしても、腕にハエがとまった程度の不快感しかありません。男女は、これほど違う生き物なのです。

女性は、この人は自分に安心を与えてくれそうな人だと判断すると、とても安心し、心がリラックスしてきます。こうなると。食事をしてもおいしく感じますし。遊園地に行っても映画を観に行っても存分に楽しめるのです。一人で楽しむよりも、彼と一緒のほうがより楽しくなるのです。楽しく感じると女性はますます安心し、ますますリラックスしますので、ますます人生が楽しくなります。いい関係は、必ずこうなります。

ですから、一緒にいてほっとする、一緒にいると食事がおいしい、安心して自分を出せる、眠くなる、というのはとても大事なことです。安心とリラックスは。恋愛や結婚生活を発展させるためにもっとも重要なことだからです。

— posted by Kaori at 11:25 am  

男性の知恵と勇気を女性は気持ちいいと感じる

男性は、女性とデートした時。「自分と一緒にいて彼女は楽しんでくれているだろうか」と不安になるものです。真面目で誠実な男性ほど不安になります。男性は女性に悦んでもらいたい生き物なのです。特に、セックスをした時、男性の不安は頂点に達します。もし、気持ち悪いなんて言われたらどうしよう、と不安になるのです。「気持ちいい」と言ってほしいのです。

ただし、誤解のないように申し上げますが、これはテクニックがどうとか、男性器の大きさがどうという意味での話ではありません。実はもっと精神的なことに由来する不安の話です。

結論から先に言いますと、自分の知恵と勇気が試されるから男性は不安になるのです。換言すると、自分がこれまで生きてきた過去のすべてに対する成績表(または評価)を、セックスした時に女性に突きつけられるからドキドキするのです。男性は、これまでの経験から、女性が直感的に男性の過去のすべてを見抜くことを知っているのです。知っているからこそ、怖くなるのです。

彼女の見ていないところで、老人や子どもにやさしくしてきたかどうか、年長者を敬ってきたかどうか、何事にも誠実に取り組んできたかどうか、知恵と勇気はあるかどうか、そうした過去のすべてがデートやセックスで女性に見抜かれるので怖いのです。

もし、男性が過去において、人をだましたり、平気でウソをつくようなことをしていると、「気持ち悪い」と女性は感じます。正確には、「いい女」は必ずそう感じます(ただし、いい女でない女性は、逆に、ダメ男に魅力を感じてしまいます)。

ですから男性は、初めてのデートやキスやセックスにおいて、判決を言い渡されるような不安を感じるのです。特に、手をつなぐとかキスをするなどのスキンシップをした時、女性は正確に男性の過去を見抜きます。だから、男性は女性の体に触れたいと思う反面、触れたら自分の真実がバレると、怖くもなるのです。

繰り返しますが、男性がどんなに優秀な大学を卒業していようと、どんなに一流企業に勤めていようと。どんなに収入があろうと、女性が気持ちよく感じることとは何の関係もありません。先に紹介した少数民族の人々が人を評価する時のように「いい女」は、男性の本質を直感的に見抜き。気持ちいいとか気持ち悪いと感じるのです。

前述したように、男性には、女性に悦んでもらいたいという本能的とも言える欲求があります。自分の愛を女性に差し出したい欲求と、自分の差し出したものが女性にウケるかどうかの不安が混在するのが、男性にとっての恋なのです。女性には理解しがたい男性特有の葛藤です。その点女性は、相手の男性の差し出した愛を味見をして判決を言い渡せばいいだけですから、お気楽です。

しかし、男性は、自分の知恵と勇気が本物であったかどうか判決を言い渡される立場です。怖くなって当然です。もし、「気持ち悪い」などと言われたら、これまでの人生のすべてが否定されたような気分になります。本気で惚れた女性にそんなことを言われたら男性は死にたくなってしまいます。

— posted by Kaori at 01:50 pm