職場でもやることがある

この二つの方法を、「幸せ恐怖症」の女性は、職場で男性社員にやることがあります。ただし入社したばかりの頃は普通に勤務しています。むしろ、楽しく勤務していることが多いものです。ところが、半年もすると、次第にギクシャクしてくるのです。これら二つの方法を巧みに利用して破壊工作をするからです。

まわりの人は、当人に悪気がないことはわかるのですが、振り回されて迷惑を受けると次第に人は離れていきます。前述したように、女性は、イライラしているだけで人を傷つけることができます。しかも、わけもなく不機嫌だったり、時には、親切にしたあとイライラし始めたりするので、まわりの人々は当惑します。親切にしなければしないで不機嫌になるし、親切にすればしたでイライラが始まるのです。これではどう扱っていいのかわからなくなります。

職場にこういう女性が一人でもいると、職場の雰囲気は悪くなります。当人が休んだ時、いっそう明瞭です。いかにふだんからまわりに迷惑をかけているかがわかる瞬間なのですが、知らぬは当人ばかりなりです。当の女性は、意識の上では、まわりに気を遣い、みんなに迷惑をかけないようにしているつもりです。確かに通常モードではそうしています。しかし、何かの拍子に幸せ恐怖モードに切り替わった途端、「魔性の女」に変身するのです。

当人とまわりの人の意識の差が大きいのが「幸せ恐怖症」の特徴です。まわりの人々も、この子はとこかがおかしいと感じても、どこがどうおかしいのか、言語化することは困難です。なぜならふだんは普通の人以上に普通だからです。実際、ふだんは人一倍人に気を遣って生きている人です。当の本人も、まさか、自分が魔性の女に変身してみんなを混乱させているなんて夢にも思いません。

しかも、破壊活動をしている時も、本人は正義感に燃えていますから、反省することはありません。たとえまわりの人が落ち込んでしまっても、当人は自覚がありませんから、みんなに迷惑をかけたという加害者意識はゼロです。むしろ、みんなを責めてしまいます。互いに罪のなすり合いをするのです。それゆえ、幸せ恐怖という呪いがかけられている女性は、職場で孤立することが多くなるのです。

そもそも反省という行為は。罪の意識を感じてはじめてできるものです。自分が被害者であると思っているうちは、あやまることはできても、反省することはできません。未来においてまた同じ手口で破壊活動をし続けることになります。

反省というのは、人間にとつてきわめて高度な精神活動が要求されるのです。責任の所在を明らかにし。心のメカニズム(動機など)を理解し、納得してからでないと、過去の失敗を未来に活かすことはできません。ただ「悪かったなぁ」と思う程度では、何度でも未来において破壊活動をしてしまいます。

なお、職場においては、仕事でミスをたくさんして自分を退職に追いやることで幸福を回避する、という方法を使うこともあります。無意識だけど意図的にミスを犯すのです。本人は本気でミスをしたことを悩みますが、実は、意識できないだけで意図的な行為です。たとえば、パソコンのキ-ボードの近くにコーヒーカップを置く、というようなことです。

気をつければ大丈夫ですが、でもうっかりすると、こぼしてしまいます。こういう危険なことを無意識だけど意図的にやるのです。こんなことを毎日やっていたら、いつか、本当にキーボードの上にコーヒーをこぼしてしまいます。こうやって、アクシデントを装い、さりげなく自分を不幸にするのです。

「幸せ恐怖症」は、本人がまったく意識できないまま幸福を破壊してしまうことが、もっとも怖いところです。たとえ小さなミスでも、意図的にやっている以上、確実に不幸が訪れるからです。

— posted by Kaori at 06:54 pm  

幸せ破壊工作の実際

もし、何かの間違いで、第一希望の男性と第一希望のデートスポット(たとえば先ほどのディズニーランド)に来たとしました。「幸せ恐怖症」の女性は不安になります。このままでは、悦びを得てお母さんよりも幸福になってしまう、と計算するからです。こういう場合、多くの女性に共通した「幸せ回避の方法」があり、二つあります。

一つは。彼を怒らせるという方法です。彼が気に障ることをさりげなく言うのです。どんなに寛大な彼でも、必ず怒り出します。なぜなら、「幸せ恐怖症」の女性は、彼が怒り出すまで、チクチクと彼の気に障ることを言うからです。そして、彼が怒り出すと、自分の意地悪な発言を棚に上げ、「楽しむべき場所で、突然、彼が怒り狂ったから、今日はサイテーな一日だった」と言うのです。つまり、自分を被害者に仕立てたまま、彼のせいにしてしまうのです。

キレてしまったのは彼のほうですし、一見、彼女のほうが被害者のように見えなくもありません。いえ、そばにいる人が見たら。怒りまくっている彼が悪いと感じるはずです。このように女性は、被害者を装いながら加害者になることが可能で。当の女性もまた、自分は被害者であると信じて疑いません。でも、これにだまされてはいけません。これまで、いかに多くの子どもや男性が、女性のこうした巧みな演技の犠牲になっていることか。

女性特有の手口はもう一つあります。それは、不機嫌にしてみせる、という方法です。デートしている時、彼女に楽しんでもらいたい。という男性のけなげな心理を逆手にとった、きわめて悪質な方法です。わざとつまらない顔をしてみせるのです。楽しく感じているのに、わざとむすっとしてみせるのです。彼はそんな彼女を見てあわてます。自分のどこがいけなかったのか、何か気に障ることを言ってしまったか・・・と、オロオロします。

女性なら、デート中に男性が不機嫌になっても、こんなにあわてることはありません。なぜなら、女性はいつも男性の心を読んでいますし(女性は、男性が女性の心を読む以上に、正確に男性の心を読んでいます)、また、彼に悦んでもらいたいという心理が男性ほど強くないからです。でも、その点男性は、彼女の心理状態を正確に読めていない上に、女性に悦んでもらいたいという心理があるために、デート中に彼女から不機嫌にされると、あわてふためきます。また、傷つきもします。まるで自分のすべてが否定されたかのような気分になるからです。

真面目で誠実な男性は、きっと、何か自分に落ち度があったんだろうと、自分を責め始めます。傷つき、落胆するため。男性もデートを楽しむことができなくなります。彼が落ち込んだ様子を見て、彼女はようやくほっとします。無意識ですが、「ああ、これで自分は幸せにならずに済んだ」、つまり「ああ、これで母親に嫉妬されずに済んだ」「母親の不機嫌な顔を見ずに済んだ」とほっとするのです。

以上の方法が、典型的な女性の「幸せ破壊工作」です。ですから、彼女とトラブルがあった時は、こうした破壊工作がなかったかどうか、充分考える必要があります。そうしないと、せっかくの努力が実りませんし、彼女とのトラブルもいつまでたっても解決しないからです。

— posted by Kaori at 05:51 pm  

幸せ恐怖症がヒドイと「いい男」だからフラれることがある

「幸せ恐怖症」という呪いがかけられている女性は、いつも第五希望で行動しますので自分の努力が実らず。人生に悩みます。人は、自分の第一希望を遂行してこそ。悦びと感動が得られるようにできていますから、第二希望や第五希望ばかりをしていたら、人生がむなしくなってきて当然です。

真面目な努力家ほど無気力になります。やがて、自分を恨み、世間を恨む女性になっていきます。こういう女性にこそ、自分の呪いをといてくれる男性が必要なはずなのですが、しかし、現実は逆にそういう「いい男」を遠ざけてしまいます。それが「幸せ恐怖症」の恐怖です。

ですから、男性が女性に交際を申し込んで拒否されるのは、必ずしもダメ男だからとは限りません。彼女の趣味に合わないからでもありません。あなたが彼女を幸せにする男性であり、彼女にとっての第一希望の人だと認知されたからこそ、ふられることがあるのです。

人が不幸なのは、自分が不幸であることを知らないからです。不幸なのに改善しようとしないから不幸なままなのです。では不幸な人は、幸福を知らないのかというとさにあらず。むしろ、何が自分を幸福にするかを知っていて、敢えてそれを避けて生きているのです。だから、ダメ男がモテたり、逆にいい男がふられたりするのです。

「幸せ恐怖症」になっている時は、女性は自分に幸せを与えてくれる人、つまり、「いい男」は悪魔に見えます。自分に危害を加える人にしか見えないのです。恐ろしいことです。しかし、一通り幸せの破壊を終えた後は、通常モード(幸せになりたいモード)に戻りますので、その時は、いい男に近寄って行きます。だから、いい男ほど振り回されやすいのです。

通常モードの時は、彼女の幸せを願うと悦んでくれますが、幸せを破壊するモードに変身した時は、激しく非難されます。同じように彼女に対応しているのに、「あなたは変わった」とか「見そこなった」などと言われるのです。これではいい男ほど混乱してしまいます。

しかし、当の女性は、いつ通常モ-ド(幸せを求めるモード)になったのか、そして、いつ幸せ恐怖モード(幸せを破壊するモード)になったのかまったく自覚がありませんから、「まるで別人だね」と男性が抗議しても、絶対そんなことない、変わったのはあなたのほうだ、とかたくなに否定します。

— posted by Kaori at 02:35 pm  

三歳までに幸せ恐怖症という呪いがかけられる

さて、この「幸せ恐怖症」ですが、不思議なのは、ディズニーランドのスターツァーズの現場に母親がいるわけではないのに、あたかも、母親が見張っているかのように、幸せを恐れて回避しようとすることです。なぜでしょうか。

それは、心の中に、母親が住み着いているからです。母親の監視カメラが脳の巾にあるのです。幸福度を監視するカメラです。二十四時間監視していて、母親の幸福度を超えると、娘に罪悪感という罰を与えるのです。この幸福度監視カメラは、たとえ、娘が経済的に自立しようが、結婚しようが、あるいは、当の母親が死んでしまおうが、それとは無関係に設置されたままです。

なぜなら、幼児期に幸せを回避する思考回路が出来上がっているので、ものどころついた頃には、まるで性格の一部のようになっているからです。三つ子の魂百までも、というように、放っておいたら死ぬまで幸せを回避し続けます。洞察力、記憶力、観察力にすぐれた聡明な女性ほど、根強く残ります。そして皮肉なことに。真面目な努力家ほど、必死になって幸せを回避しようとします。

なお、不幸な母親ほど、娘の実行する希望順位は下がります。少し不幸な母親をもったら第二希望を、うんと不幸な母親をもったら、第十希望を実行します。また、「幸せ恐怖症」は、総量規制ですから、不幸にするネタは恋愛とは限りません。仕事でミスをして自分を不幸にしてもいいですし、友人とトラブルを起こして不幸にしてもいいのです。

恋愛を利用するのは、女性にとって恋愛が重要な位置を占めるからです。これらの「幸せ恐怖症」を是正しようと思ったら、「母親の監視カメラを監視するカメラ」を設置することです。幼児期に設置された監視カメラですが、本気で母の監視カメラを監視しようと思えばできることです。もちろん、恋人(男性)の協力が必要です。

— posted by Kaori at 11:27 am  

幸せ恐怖症の実態

先ほどお話ししましたように、「幸せ恐怖症」の特徴は、無意識だけど意図的に幸せを回避する(幸せを破壊する)、ということです。そして、自分はあくまでも被害者だと思い込むことです。実際、自分の幸せ(楽しみや悦び)を犠牲にしています。これを根拠に、自分は被害者だと言い張るのです。

たとえば、こんな例があります。彼女の提案で、新幹線で京都に遊びに行くことになっていました。でも彼女は、待ち合わせ場所の東京駅に現れないのです。一緒に行けなくなるのですから、彼女もまた犠牲者です。しかし、これが無意識だけど意図的な行動なのです。つまり、幸せを回避する行動なのです。なぜ、わざわざこんな手の込んだ芝居が必要なのでしょうか。

それは。「幸せを回避している」ということが自分にバレることを恐れるからです。もちろん、恋人にもそのことがバレないように、巧妙な言い訳を用意します。家を出る時、時計を見るのをまちがえていたとか、間に合うように支度していたのに、急に電話が入って気がついた時は電車の発車時刻を過ぎていたとか、もっともらしい理由をもっともらしく言うのです。

思わず、納得してしまいそうな理由です。彼女のことが好きな男性は、彼女を信じようとします。信じた時点で、彼女の呪いの勝ちです。もし、ウソっぽいなぁと読みとった女性は、涙さえ流すことがあります。男性が女性の涙に弱いことを知った上での悪質な犯行です。でも、こんなサル芝居にだまされてはいけません。世間の常識として、「まさか、自分を犠牲にしてまで幸せを回避する人はいないだろう」という思い込みを彼女は利用しているのですから。

女性は、小さなウソをつくのがじょうずです。もっともらしい理由を言うために現場の状況を利用するのです。たとえば、スターツァーズに行こうとしたら、乱暴な人とぶつかって足が痛くなったので、行けないという理由を使うのです。もちろん、ぶっかったのは偶然です。しかし、これを「言い訳」にして、スターツァーズに向かうことをやめようとするのです。

このように、きわめて巧妙ですから、実際のこうしたサル芝居を見分けるのは困難です。半年くらいつき合わないと見えてこないものです。しかし、ここぞ、という時に、しばしば幸せを回避するような態度をとることが多いとしたら、彼女にかけられた「幸せ恐怖症」を疑ってみるべきでしょう。大きな悦びが得られる時ほどぶち壊しにかかりますので、冷静に観察していれば比較的容易に発見できます。

— posted by Kaori at 11:44 am